【映画評】「PSYCHO-PASS サイコパス Sinners of the System Case.1 罪と罰」

映画「PSYCHO-PASS サイコパス Sinners of the System Case.1 罪と罰」における風刺的側面についての一考察

はじめに

2012年に放送が開始されたアニメ「PSYCHO-PASS サイコパス」は、2014年に2期、2015年に劇場版が公開された。

物語は22世紀の日本。鎖国下で、シビュラシステムと呼ばれるシステムによって人々は適正にあった仕事をしており、犯罪係数を測定することで、犯罪者予備軍を事前に逮捕・殺害できる社会。そのために犯罪は存在せず、裁判制度もとうの昔に廃止されている社会だ。

アニメ1期では、そのシビュラシステムの例外であり、どんな犯罪を構想しようとも犯罪係数に響かない特異体質者・槙島聖護と、厚生省公安局の監視官・常守朱たちとの戦いを描いた。

公安局の監視官はエリートであるとされており、犯罪係数が高い状態でとどまってしまっている執行官たちを統率し、犯罪を防ぎ、犯人を逮捕、あるいは執行(殺害)する役割を担っている。

このアニメ1期で、実はシビュラシステムというのが、槙島のような特異体質者の脳を複数集め、そのネットワークの合議によって決定される集合知であり、完璧なシステムなどではない、ということが明らかにされる。

アニメ2期の敵は、全身のあちこちを移植されたツギハギのような鹿矛囲桐斗だった。分裂した彼のアイデンティティには、犯罪係数というものが存在し得ない。いわばキメラとの戦いである。

劇場版の1作目はそんなシビュラシステムが海外に導入される、という話だった。

PSYCHO-PASS サイコパス Sinners of the System」は3部作で、今回はその1作目だった。

もんじゅ

本作は、東京の公安局に自動車が激突してきたところから始まる。その自動車を運転していたのは青森からやってきたという夜坂泉という女性だった。彼女は薬物で脳に異常が見られ、まともに言葉を話すこともできない有様だった。

彼女は本来潜在犯ではなく、青森にあるという特別行政区サンクチュアリ」で潜在犯向けの心理カウンセラーとして働いていた。そんな「サンクチュアリ」は経済省の所管で、厚生省と経済省の縦割りの兼ね合いで、公安局は彼女を「サンクチュアリ」に送還しなくてはならないことになる。

常守朱と霜月美佳の2人は、この「サンクチュアリ」になにかの秘密があると考え、調査に赴く。

サンクチュアリ」は経済省主導で、潜在犯(犯罪をまだ行っていないが、犯罪係数が高く、犯罪を行う可能性の高い者)を集め、レアメタルの採掘を行っている、ということになっている。

もちろんこのあたりで、「果たして青森でレアメタルが採掘できただろうか」と疑問を抱く。確か日本海側では採掘できたかもしれないが、陸上で採掘できたなら、現時点で既にとっくに鉱山が開かれているのではないか、と考える。

すると物語は「サンクチュアリ」の秘密を明らかにする。ここで行われていたのは、レアメタル採掘などではなく、前時代に適切な処理が行われず廃棄された核燃料の回収を行っている施設だったのだ。

ここで「青森」という舞台の謎が解ける。なるほど青森には原発がある。ではそのうちのどの原発が舞台かというと、「サンクチュアリ」という施設の特性がヒントになる。

サンクチュアリ」は、潜在犯を集め、独自の更生プログラムを行うことで、犯罪係数を下げることができる、とされている。いわば、「もとの状態に戻す」という施設であるわけだ。

ここで核燃料の話に戻る。日本では、使用済み核燃料を、もう一度使えるようにする、という事業が行われていたことがある。高速増殖炉もんじゅ」である。

原子力発電所で使い終えた燃料(使用済燃料)をもう一度使うことで、資源を有効利用し、高レベル放射性廃棄物の量を減らしたり放射能レベルを低くすることに役立てる「核燃料サイクル」。この使用済燃料から取り出したプルトニウムとウランを用いて作られた「MOX燃料」を「高速炉」と呼ばれる原子炉で燃やして発電に利用する方法は「高速炉サイクル」と呼ばれますが、そのサイクルの研究開発の中核として位置づけられていたのが、「もんじゅ」です。

「もんじゅ」廃炉計画と「核燃料サイクル」のこれから|スペシャルコンテンツ|資源エネルギー庁

しかし、この「もんじゅ」、実際に稼働する前に、事故が相次ぎ、2016年には廃炉が決定された。

この失敗が、映画では潜在犯の犯罪係数を下げることなどできない、というところに投影されている。潜在犯が再び犯罪係数を下げ、「再利用」するなどということは失敗するよりほかにないことが、「もんじゅ」が既に暗示している。

使い捨て

サンクチュアリ」では、その真実に気が付いた人が殺される。実際映画中でも、そこにたどり着いた人々が、防護服を無理やり脱がされ、被爆させられ、殺される、というシーンがある。

 厚生労働省は4日、福島第1原発事故後の作業に従事した男性が発症した肺がんについて、放射線の被ばくが原因として労災認定したと発表した。原発事故を巡る同種の労災認定は5例目で、肺がんは初めて。

福島原発作業員の肺がん、初の労災認定 - 共同通信 | This Kiji

実際に私たちの社会には、被爆し、ガンを発症したような原発作業員がいる。しかしそれをいわば「必要な犠牲」として大きく取り上げず、とりあえず「お見舞い申し上げる」ように振る舞っている。原子力事業に関して、多くの人は、できる限り知らぬ存ぜぬを貫きたいのだ。

 東松浦郡玄海町の脇山伸太郎町長は25日、九州電力玄海原発で建設の手続きが進む使用済み核燃料の乾式貯蔵施設を巡り、「税収としては長期間の方がいい」と、使用済み核燃料の長期保管を容認するような自身の発言について「蛇足だった」と陳謝し、「半永久的に保存されるとは思っていない」と釈明した。

使用済み核燃料の長期保存 玄海町長、容認発言を陳謝 「半永久とは思ってない」|行政・社会|佐賀新聞ニュース|佐賀新聞LiVE

使用済み核燃料を受け入れる、と首長が言うと、住民が反対する。首長としては、「核のゴミ」受け入れによって補助金を受け取りたいところなのだろうが、住民としては被爆が怖くてそれを許可できない。首長は結局発現の訂正や釈明を求められるのである。

このようにたらい回しになり、最終的に適正な処理が行われなかった核燃料。その落とし前をつけることこそが「サンクチュアリ」の役割だったのだろう。

声にならない声

サンクチュアリ」から逃げてきた夜坂泉は、その実態を告発しようとしたが、洗脳のために「サンクチュアリ」で用いられていた薬剤を飲んでおり、言葉を話すことができない。結果として、彼女の告発は理解されず、送還される。

 先日の記者会見の通り、女性社員が福田次官によるセクハラの被害を受けていたことが判明した。この社員は取材目的で1年半ほど前から1年ほど前にかけて数回、福田次官と一対一の夜の会食をした。会食のたびにセクハラ発言があったため、この社員は身を守るため会話を録音したこともあった。そしてセクハラ被害に遭わないよう上司と相談の上、1年ほど前から福田次官との一対一の夜の会合は避けていた。

【財務次官セクハラ問題】テレビ朝日会見(1)角南源五社長「1年半ほど前からセクハラ発言」「身を守るため会話を録音」(1/2ページ) - 産経ニュース

女性社員が財務省の福田事務次官からセクハラ発言を受けた。女性社員はテレビ朝日の上司に報告したが、上司は財務省との関係上、それを報道することはしなかった。

 昨年5月に記者会見を開き、元TBS記者から受けたレイプ被害を告発しました。真実を伝える仕事をしたいと思っていたにもかかわらず、自分が遭った出来事をなかったことにしたら、また自分や他の人に起こるかもしれない。そんな状態では生きていけないと思ったんです。性暴力について話せる環境を少しでも社会の中につくりたかった。

 しかし会見後は様々な波風が立ちました。オンラインで批判や脅迫にさらされ、身の危険を感じました。外に出るのも怖かったです。以前から「相手を告発すれば日本で仕事ができなくなる」と言われていたので覚悟はしていましたが、想像以上で、日本で暮らすのが難しくなってしまいました。そんなとき、ロンドンの女性人権団体から「安全なところに身を置いたら」と連絡をいただいた。去年の7月からロンドンで暮らしています。

レイプ告発の伊藤詩織さんは今 バッシング止まず渡英:朝日新聞デジタル

伊藤詩織の告発の真偽、検察の判断の是非についての判断は別として、ある1人の実名を出した告発は、社会に受け止められなかった。少なくともそう思う人々がいる。

夜坂泉が「サンクチュアリ」の実態を告発しようとするきっかけは、夜坂が心理カウンセラーとして担当していた潜在犯の女性が生んだ子供・久々利武弥だった。秘密に接近し殺されそうな武弥を保護した夜坂泉は、彼を守るため、告発しようとしたのである。

 東京電力福島第1原発事故の影響を調べる福島県の「県民健康調査」検討委員会が5日開かれ、県は事故時18歳以下だった子どもらに実施している甲状腺検査で、昨年12月末までに新たに1人が甲状腺がんと診断されたと発表した。がん確定は計160人となった。検討委はこれまで「被ばくの影響は考えにくい」と説明している。

甲状腺がん:福島子ども検査 新たに1人 計160人に - 毎日新聞

福島の子供の甲状腺がんが増えたのは、検査数が増えたために発見される数が増えただけである、つまりスクリーニング効果の結果である、という意見がある。

しかし、原発の存在が徐々に子供を蝕む、という状況認識である人はいる。

告発しても声にならず失敗に終わる女性。彼女は「サンクチュアリ」=「もんじゅ」=原発で殺されそうな子供を守るために告発するのだった。

権力のありか

 サンクチュアリの潜在犯たちは、サンクチュアリで更生プログラムを受けていれば犯罪係数を戻せる、という洗脳から集団志向的なマインドに陥り、集団の安寧を乱す分子を排除するようになってしまった。

集団のために危険分子を排除する。そのマインドは最後に、サンクチュアリサンクチュアリの統括管理者・辻飼羌香が危機に陥れているという霜月美佳のささやきによって大きく揺らぐ。潜在犯たち自身が辻飼羌香を排除しようと試みるのだった。

これを、集団の維持のために、トップを付け替える2009年、2012年の政権交代の例を引き合いに出してもいいが、さしあたり直近の実例を出しておこう。

 森友学園問題で疑惑のカギを握る経産省の谷査恵子さんが、今月6日付で在イタリア大使館の1等書記官に“栄転”した。安倍昭恵夫人付の秘書官として真実を知り得る立場ながら、官邸の意向を忖度して無言を貫いたことへの論功行賞だろう。国家公務員のかがみともいえる人物だ。

在イタリア大使館に“栄転” 谷査恵子氏の羨ましすぎる手当|日刊ゲンダイDIGITAL

いわゆる森友問題を受けて、責任者であった財務省の佐川理財局長は国税庁長官へと栄転、森友問題について首相夫人の口利きの疑惑について注目を集めた谷査恵子はイタリアへ栄転し、いずれも国会招致に応じる必要はなくなった。

これらはもっと上の人々が保身のために行った異動なのかもしれず、その点で今回の映画の内容とは異なるかもしれない。

しかし、戦時中、戦争に反対する人間を「非国民」などと共同体から排除する振る舞いは、今もなお僕たちの実感を伴って受け止められるところだろう。

おわりに

「深い」映画はこの世の中に五万とある。しかし一体どこがどのように「深い」のかを考えることは少ない。

本当の意味での鑑賞とは、深度の測定などではない。その深みの中にどっぷりと身体を埋めて、その深さを照らそうという試みではないだろうか。

この記事がその一助となれば何より幸いである。

 

written by 虎太郎

 

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