書評

もう一度読む『竹取物語』:読者に寄り添う物語

はじめに 『竹取物語』と言えば、『源氏物語』と並ぶ日本の古典である。『源氏物語』にそう書かれるように、そしてそれを遡る作品が未だ見つからないように、「日本最古の物語」として捉えられている。 果たしてその時代の人がそれを(僕たちが認識するとこ…

【ヤミ市と文学】中里恒子「蝶々」

はじめに 本論考の目的は、〈ヤミ市〉という空間について、文学作品におけるその表象から考えてみることである。今回は、中里恒子「蝶々」(1949)(マイク・モラスキー編集『闇市』新潮文庫、2018年収録)を取りあげてみたい。 ヤミ市とは何か 本論に入る前にヤ…

『盲目的な恋と友情』(辻村深月を読む#1)

はじめに 辻村深月という作家がいる。『冷たい校舎の時は止まる』でメフィスト賞を受賞、そのほか『ツナグ』が映画化されるなど社会的に評価の高い作品も生み出している作家である。 今回扱うのは、『盲目的な恋と友情』(新潮社、2014年)という作品である…

【書評】砂川文次「戦場のレビヤタン」

語り手・K 最近、橋本陽介の『物語論 基礎と応用』のおかげなどもあって、小説を読むときに「語り手」という問題に注意を払うことが多くなった。そうなると「今となっては」というような語り方が目に付くようになり、それだけで小説を読むのが楽しくなったり…

【書評】上田岳弘「ニムロッド」

交換の限界 ここしばらくのブームは「安楽死」と「資本主義の限界」らしい。 いわゆる「意識高い系」が「資本主義こそ最大の革命である」みたいなことを言う一方、やはり文学などの界隈からは、「資本主義の限界」ということが長らく言われてきたのだけれど…

【書評】高山羽根子「居た場所」

常にあるものに気がつかないこと とても不思議な感じがするこの小説の舞台は、大まかに三ヶ所で、まず最初は日本であろうどこかの街で、「私」の住む街。次は、その妻となった小翠(シャオツイ)が生まれ育った街。おそらくこちらは中国で、三ヶ所目は、その…

【書評】町屋良平「1R1分34秒」

酔いしれる自意識 物語の大まかな展開について、示唆に富む記述を含む次の記事を引用したい。 この作品は、私のなかでは「自意識肥大モノ」として分類している。プロボクサーの主人公はデビューこそKOを飾ったもののその後は鳴かず飛ばずの体たらく。試合後…

【書評】『LOCUST VOL.1』

難解に書くという病 センター試験の国語では、評論文に苦しめられた。漢文を早々に仕上げた僕は、次に評論文に的を絞った。なぜなら小説文はどうにも作問者通りの解釈ができない上に、古文は何度も繰り返し読むうちに、自分なりの現代語訳を作り上げてしまっ…

【書評】鴻池留衣「ジャップ・ン・ロール・ヒーロー」

文学はどこに 橋本陽介『物語論 基礎と応用』の冒頭には、私たちがどんなに短い断片であろうと、そこに「物語」を見てしまうことが書かれている。野家啓一『物語の哲学』でも書かれているように、私たちは「歴史」さえ「物語」として見なしうるのだから、私…

【書評】古市憲寿「平成くん、さようなら」

モノフォニックな物語として かつてロシアの文芸批評家であるミハイル・バフチンは、ドストエフスキーの小説を「ポリフォニック(多声的)」であると表した。 普通、小説を書けば、その登場人物はいずれも作者の自己投影となってしまって、予定調和的に物語…

【書評】多和田葉子『献灯使』

分からない、捉えられない 表題作の「献灯使」のページをめくると、間もなくそれが自分の知るこの世界ではないことが分かる。この物語の主人公らしき義郎がジョギングを──いや、鎖国し外来語が禁じられたこの世界では「駆け落ち」と呼ばれる行為を、借りてき…