【映画評】「PSYCHO-PASS サイコパス Sinners of the System Case.3 恩讐の彼方に__」

映画「PSYCHO-PASS サイコパス Sinners of the System Case.3 恩讐の彼方に__」における風刺的側面についての一考察

はじめに

さて、劇場版3部作の第3作である。とは言うものの、公開初日3期の制作が発表されたので、その中継ぎとしての意味合いもある。第1作、並びに第2作については、既に記事を投稿している。そこで「PSYCHO-PASS サイコパス」シリーズのシビュラシステムについての概説は行っているので、そちらを参照されたい。

theyakutatas.hatenablog.com

以上2つの記事では、特にそれぞれの作品の元ネタと考えられる具体的な事件・問題を取り上げている。今回は、まずそうした点に入る前に、表題の元ネタである菊池寛恩讐の彼方に」に触れたい。

菊池寛恩讐の彼方に

この小説は、市九郎が主人・三郎兵衛を殺してしまうところから始まる。理由は彼が三郎兵衛の愛妾・お弓と通じたためだが、勢いで主人を殺してしまった市九郎とお弓はともに逃げることになる。

美人局から強盗にまで身を落としたものの、突如罪悪感にさいなまれ、お弓の元を離れ出家。了海という名を得る。

了海の罪悪感はなかなか晴れないが、そんななかある交通の難所の話を聞く。その難所を取り除くため、巨岩を鎚で穿ちはじめる。一人の力ではなかなか作業が進まない。住民たちもその徒労を嘲笑うが、徐々にその事業に実現の可能性を見ると、石工を雇って作業を手伝う。そのこともあって、巨岩の貫通が見えてきた。

三郎兵衛の子・実之助は、自らの父を殺した仇を探し、了海にたどり着く。了海を殺そうとするも、巨岩貫通を目前にした石工や住民たちは、その実之助を思いとどまらせようとする。了海は甘んじて殺されようとするも、「巨岩を貫通させた後ならば殺しても良い」ということで住民などとも合意を得る。

いち早く仇討ちを果たそうと、巨岩を穿つ作業を手伝う実之助。しかし、本当に道が貫通したとき、実之助には仇を討とうという意思は無かった。

マッチポンプ

この小説の内容が作品にどのように反映されているかについては後述するとして、まずは本作のあらすじを確認しておきたい。

2116年に起きた東南アジア連合・SEAUnでの事件後、狡噛慎也は放浪の旅を続けていた。

南アジアの小国で、狡噛は武装ゲリラに襲われている難民を乗せたバスを救う。

その中には、テンジンと名乗るひとりの少女がいた。

かたき討ちのために戦い方を学びたいと狡噛に懇願するテンジン。

出口のない世界の縁辺で、復讐を望む少女と復讐を終えた男が見届ける、この世界の様相とは…。

STORY|PSYCHO-PASS Sinners of the System

作品の舞台は南アジアの小国チベット・ヒマラヤ同盟王国。名前から分かるとおり、その大きな下敷きにはチベット問題があると考えていいだろう。

チベット問題は、チベットに対する中華人民共和国の支配・統治にともなって生じる各種の問題である。 中華民国中共チベット自治区チベット地域および西康省として領土主張をしている。 中共政権による統制により事実上、チベット自治区では独立運動は不可能である。

チベット問題 - Wikipedia

近年ますます混迷を深めているこの問題では、中国共産党が「再教育」をチベット民族に施しているとの情報もある。

インドのメディア、プリント(The Print)2月12日付によると、衛星写真分析の専門家ヴィナヤク・バット(Vinayak Bhat)氏が、チベット自治区で3つの「再教育施設」を発見したという。

20年間衛星写真を解析する経歴をもつ同氏によると、3つのうちの1つは甘孜自治州にあり、人目を避けるために都市部から遠く離れた僻地に建設されている。当局にとって「監視活動をしやすい造り」になっているという。

現在、チベットでは寺院の改修が行われており、「漢民族の建物」のように作り直されているという。これらの寺院は再教育施設として利用されると同紙は指摘した。

チベットに再教育施設 衛星写真で3つ発見=インド専門家

このあたりには確かに問題が山積している。例えば、ウイグル人にも似たようなことが行われている。

中国西部の新疆ウイグル自治区は9日、イスラム教を信仰するウイグル人向けの「職業訓練施設」を法制化した。同自治区では、大勢のウイグル人の行方が分からなくなっており、国際的な懸念が広がっている。

中国、ウイグル人「再教育」を法制化 - BBCニュース

中国のイスラム教徒については、イスラム教の教義が「中国化」させられるという問題もあるが、ここでは詳述しない。(イスラム教を「中国化」、5カ年計画 共産党の指導徹底 - 産経ニュース

物語中では、アルプス・ヒマラヤ同盟王国の3陣営の争いが、「停戦監視団」によって調停される様子が描かれる。

アニメ「機動戦士ガンダム00」で、私設武装組織ソレスタルビーイングが武力介入によって戦争を強制的にやめさせようとした様子を彷彿とさせるが、作中ではそれが「停戦監視団」のマッチポンプであったことが明らかにされる。

つまり、自らで火を点け(マッチ)、自らで消す(ポンプ)のをずっと繰り返していると言うのだ。

この点を鑑みれば、むしろ思い出されるのは別の内容である。例えば、ロヒンギャ問題だ。

 仏教徒が9割近いミャンマーで少数派のイスラム教徒であるロヒンギャは西部ラカイン州を中心に約100万人が暮らすとされる。隣国バングラデシュ南東部の方言に似た言語を話すことや宗教から、ミャンマー政府や国民は「バングラデシュ移民」とみなし、多くは国籍を持てないなど差別されてきた。1990年代にも当局の迫害を受けて25万人以上が難民になった。

ロヒンギャ問題(ロヒンギャモンダイ)とは - コトバンク

 しかし、この問題の元凶はイギリスと日本にあるとの見方も多い。

日本もまた、この問題に無縁ではない。ビルマ現代史を研究する上智大学教授の根本敬は「彼らが住むラカイン州北西部でイスラムと仏教の感情的対立を増幅させたのは、太平洋戦争中の日本と英国の代理戦争だった」と指摘する。

英国のビルマ進出に伴いバングラデシュから多くのイスラム教徒が流入。一方で、日本は陸軍の組織「南機関」が、スーチーの父アウンサンら仏教徒主体のビルマ人を支援して英国からの独立を促した。ラカイン州では日本が仏教徒を防衛に使い、イギリスはムスリムを組織して奪還作戦を展開。モスクと僧院を破壊しあうことになった。「その感情の対立が、戦後になって固定化されていった」というのだ。

ロヒンギャはなぜ迫害されるのか 日本も無関係ではないその背景:朝日新聞GLOBE+

しかし、そんな中「イギリスを含めた」国際社会は、むしろミャンマーの「民主化」リーダーとされたアウン・サン・スーチー氏を批判する流れにある。(ロヒンギャの人々が「日本に感謝」する理由 それでも「他人事」? - withnews(ウィズニュース)

やはりシリアか

ここにマッチポンプの源流が見いだせないではない。しかしやはり影響があるのはシリア内戦ではないか。このことは「Case.2」でも指摘した。

その一つに、チベット・ヒマラヤ同盟王国内で対立していたのが、3つの勢力であることからも読み取れる。実際、シリア国内では、アサド政権軍・反政府軍イスラム国が長らく3すくみの戦いを続けてきていた。それが昨年、一応の停戦合意を見た。しかしそれは現在有名無実化されている。

民間防衛隊筋の情報によると、政権軍は、「イドリブ緊張緩和地帯」に向け、今年の始めから今も空と陸から攻撃を実施しており、それにより少なくとも民間人75人が死亡し、民間人265人以上が負傷した。

政権軍は、イドリブにおける停戦を強化するためにトルコ・ロシア間で締結されたソチ合意を無視して攻撃を続行した。

反体制派軍は、2018年9月17日に締結されたこの合意に含まれる地域から、2018年10月10日に重火器を撤収した。

【シリア】 政権軍がイドリブ緊張緩和地帯を攻撃 | TRT 日本語

 ほとんどシリア情勢は、アサド政権を支援するロシアと、反政府軍を支援するアメリカや欧米の代理戦争の様相を呈していたが、そこのイスラム国という共通の敵ができたことで、両者間の争いは一応の停戦を見た。

それが、イスラム国の急激な弱体化とともに、アサド政権軍と反政府軍の対立が露見してきた。さらにそこにクルド人武装組織の存在やトルコの思惑も絡み合って、複雑さを極めている。

しかしその元凶とはそもそもヨーロッパなのではないか。それは、イスラム国がサイクス・ピコ協定以前のオスマントルコを取り戻すことを掲げていることからも分かる。

オスマン帝国を倒したあとに、アラブ人の住む地域を山分けにしようという談合です。エジプトはすでにイギリスが押さえていたので、そのほかのアラブ人居住地を、英・仏が勝手に線を引き、分割しました。

具体的には、シリアとレバノンはフランスが取り、その南側のヨルダンとイラクはイギリスが取る。そして、ヨルダンの地中海側のパレスチナには、あとでヨーロッパからユダヤ人を送り込む。これをアラブ人には内緒で決めてしまったのです。

これをサイクス・ピコ協定というのですが、イギリスの目的は、当時のイギリスにとって最も重要な植民地であったインドへのルートを確保することにありました。イギリスからインドに商品を輸出したり、万一反乱が起きたときに鎮圧するために、インドへと通じる道が必要だったのです。

イスラム国は「間違った外交」から始まった | アジア諸国 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

結局、中東に自分勝手な国境を引いたツケが巡り巡って今やってきているのではないか、ということだ。

恩讐の彼方に

先ほどの小説に戻ろう。菊池寛恩讐の彼方に」である。

自らの罪悪感から巨岩を穿つ了海の姿は、狡噛慎也と重なる。彼もまた復讐を果たし、行くあてのない旅の途上だからである。

そこに登場するテンジンという少女は、自らの父を残忍に殺した犯人への復讐を誓うも、やはり復讐はできない。その姿は実之助と重なる。

恩讐の彼方には何があったのか。狡噛慎也が懸命に穿つ巨岩とは、本作において何なのか。おそらくそれは「シビュラシステム」であり、「平和」ということなのだろう。

そこには彼の罪悪感が原動力として働くが、それに不純な動機であれ力を貸すことになる実之助=テンジンの姿も忘れがたい。

3期に何を期待するか

この3部作を通して、おそらく外務省がシビュラシステムの根幹を揺るがすような策謀を巡らせているらしいことが明らかになった。おそらく3期ではそこが描かれるのだろう。

僕はむしろ「シビュラシステム」が必ずしも批判されるだけの制度ではない点にこそ、注目したい。

中国で社会信用システムが稼働を始めていることをみても、我々の社会は当然の帰結として、「シビュラシステム」に到達するはずだ。

では私たちはその当然の帰結の、一体何を批判するべきなのか。

それについての真摯な思考が3期に垣間見られることを祈っている。

 

written by 虎太郎